現代という時代

ずっと前、いやそんなに遠い昔ではないのかもしれないが、私は現代が最も優れた時代で、最も幸せな時代で、最も進んだ時代だと思っていた。
 
これは過去を振り返れば、完全に正しい。異論はあるかもしれないが、私はそう思う。しかし未来に目を向けてみれば、多分より豊かな未来が広がっているだろう。これは何を意味するかといえば、あなたの子孫が今当たり前に行われている制度なり風習なりを見て、言い様のない嫌悪感にさいなまれる可能性があるということだ。未来人から見れば、現在の私たちがハンムラビ法典に感じるように、死刑制度は考えることを拒否する代物であるのかもしれないし、現状の公教育のシステムに対する感情は私たちが児童労働に感じるそれとほとんど同じかもしれないのだ。
 
現在のこの瞬間に私たちが正しいと思っていること、というよりも正しいということにしていることにどんな意味があるのだろうか。本当に豊かな社会を未来に誕生させるには、月並みだが、他人のいうことを鵜呑みにせずに自分で考え、間違え、また考えることが重要だ。